沙羅双樹満開録

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恋バナをしよう❣

恋愛という概念にはしばらく悩まされている。今夜は色々話そう❣

 

ああ、はじめに私が恋愛と向き合おうと思ったのは一目惚れからだった。

ざっと一年くらいまえだ、彼女は偶然出会った女性だった。

母親と歩いていたら美人が挨拶をしてきた(私の母親と彼女は面識があったようだ)、美人だなと思った、あとから思い返したら小学校のころ僕にイジワルをしてきたひとつ上の♡さんだった、イジワルは嫌だったので嫌なイメージの会った彼女、は改めてみると美人で、、、っていう感じだった。一目惚れ。

初めての感情だったのでたくさん考えて向き合った。そして気がついた、思った。

一目惚れは醜い、と。なぜかというと一目惚れは性欲100%の好きだから、僕の場合彼女と深く話したわけでもないので彼女の人格はほぼ100%僕の理想かつ幻想、(広義的にはすべての人がそうだけど、うるさい)

性欲による「好き」はなぜ、醜いのか、それは相手を頭の中で好き勝手凌辱するという行為が誠実ではないから、そして知性を感じないから、だろうか、明確にわかってはいないが僕は嫌悪感だ。

 

漠然と自身の一目惚れ、恋愛感情だと信じていたモノを自己否定してたI wasは絶望する。

じゃあ、恋愛感情って何?

また考え、ぐるぐるぐるぐる考え、僕は僕なりの答えを導き出した。

恋愛感情=友愛+性愛

だ。

 

 

ここでいう友愛というのは少し特別だ。

僕は友人という概念を大きく二種類に分類している。

 

1つ目は楽しく話せる人、世にいう友人とはこれを指す

2つ目はそのヒト、人間に対して知的好奇心がくすぐられる存在

 

私は2つ目のヒトに対して抱く愛を友愛と表現している。

基準はさまざま、直感的だが、たしかに僕は僕のなかで特別扱いしている人間が何人かいる。「このヒト、知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい深く関わりたいもっとあなたのことを知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい」てね✋

 

そして、この愛を感じた人間を僕は神聖なものとして扱っている、それこそ性、淫らなものとは結び付けられない、神聖な。

僕の思想を書いていて、頭のなかで安田大サーカスのクロちゃん氏が顔😆を出してきた。

氏は女性に対してかなり野獣のような在り方をしているが、反面、彼の好きな「アイドル」という職業全般の女性に対しては性を感じない、というスタンスを保っている。

 

www.youtube.com

👆の動画からクロちゃん氏のアイドル観や人間性が知ることができます。

面白いのでオスヌメです✌

(今田耕司さんへの愛を自慰行為のオカズにすることで消化した、というエピソード狂ってて好き🤣)

 

 

 

 

僕は神聖な「友愛」と卑しい性とを共存させたくない。

ですが、僕は人間で、ヒトで、動物ですので、性欲は動物の本能ですから、感じないようにしていても意識してしまう、そんな自分を殺したくナル。

そんなときは目を瞑って、首を振って思考をリセットします。

 

そういえば「友愛」を感じない人間、つまりはあまり興味がない友人もまあまあいるわけですがこの思想は母親に気持ち悪いとよく言われます。

「人を見下す人ほどレベルが低い」と、別に興味がないだけで見下していつもりはないのですが、言葉にして、冷淡に眺めると見下しているんですよねえ、自分

 

 

 

 

僕が神聖な人らに性的欲求を向けたくないのは不誠実だから。

僕は相手に「友愛」を注いでいて、向こうも僕に友人として接してくれている、なのに心の底で僕が下卑た感情をあなたに抱いていると思ったら、不快で仕方ない。

あなたが大切で、神聖で、大好きだから。

 

 

誰かと付き合いたいと思ったことがない。(はず、無意識の感情はおいておいて、ね)

セックスはしたい。

「付き合う」って行為はセックスの免罪符のためにあるのではないかと思ってしまう。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

この記事を書こうと思ったのはまた最近恋愛について考えさせる機会があったから。

カップルをみるのは好きです。愛し合っているはずで、幸せそうだから。まちなかでカップルを見つけてはニヤニヤしています。

 

 

小学校来の同級生を見つけました。「あ、☆じゃん❗」と思ったもつかの間、カップルでした。彼女と一緒に笑っている。

それをみて、確かに虚無感を感じた。付き合っている人をみて、自分と比べて、華やかだから?否、彼らはセックスできるからだろうなあ、裏山

 

 

 

親しいセフレと彼女の違いってなんだよって思う。

 

 

 

 

芥川龍之介もこういう言葉を残している。

恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである。少なくても詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しない。

とさ、僕の意見を美しくまとめてくれた。かな?

 

 

おれはさおれたちってさ人間はさ論理だけで動いていないので経験していないのにずっと考えていて馬鹿みたいだなって思う。ギャハハwww

経験、僕の恋愛経験といえば小学生のときに一人から告白されて三日で別れを告げられた。まじでなんなんだよ、現在に至るまで童貞。

 

「童貞」についてなんとなく面白かった気がする記事

originalnews.nico

あとこれ

originalnews.nico

宮台真司氏、使う語彙が難解で、社会学の用語?とにかく読みにくい、難しかったので読むの断念した記憶。いつかちゃんと読みたいなあ。

 

 

 

 

 

 

俺は一生恋愛が出来ないのではないかとまじで思っている。今の価値観が曲がらなければ、ね

僕だけが下卑を感じることがいけないので相手から下卑をさらけ出してくれればいいが、僕はそんなに魅力的な人間ではない。

恋愛経験なんて皆無といっていいくらい、だから理想だけが渦巻いてひらひら美しく舞っている。

理想が高い受動的な中途半端なんて誰が風景から対象物としてみてくれる?

 

 

 

追記]

そうそう。「俺は一生恋愛が出来ないのではないか」の「恋愛」とあるが、僕の中での恋愛感情の定義はブレているのだ。が、問題は恋愛感情は美しくないものも恋愛感情と認めるか否か、にある。

芥川氏は美しくない恋愛感情(仮称)は恋愛感情と認めないそうだな。上記。

ちなみに、今はなんとなくの意見でしか無いが、僕は恋愛は美しいものであってほしいと信仰しているので、恋愛感情を他人に抱いたことは一度も無いと思っている。

美しくなくていいなら、僕は今複数人に恋をしている。

テキトウだな、内容が。反対意見がどんどん出てくる。。。またいずれ固まったら整理したいと思います。